EG 1st mini ALBUM  GO

2012/10/10 release
GO
PATAPATA RECORDS [XQKQ-1101]
¥1,429(+TAX)

全6曲 収録
M1. クライベイベー
M2. 約束
M3. 汽車
M4. 後ろ姿
M5. 青
M6. ウララカ


EG はイージーではない、その傾向と対策:PV編
Text by 鹿野 淳(MUSICA)

無事に世の中に出たEGの『GO』。
「2、3後悔して 引きずるようなら 後ろ向いてさがれ」と、いきなり下がってどうすんだ!?
というリリックから始まる“約束”を聴いて大丈夫なのか、この男はと感じたものの、
その曲がミニアルバムのパイロット的な役割を果たしたり、その曲でPV作ったり、
スタッフ含めて何かとクレイジーかつカオス満載なEGである。

その“約束”のPVがまた倒錯臭甚だしいもので。
エレキギターであるテレキャスターで弾き語るのを売りにしているにも関わらず、最初はアコギを弾き出したり。
そのアコギを捨てると今度はダイノジのDJの時にダンサーが大きな紙にキメ台詞を書いてフロアにアピールするのだが、
それと同じような紙に歌詞を書いて紙芝居のように僕らに歌詞をアピールして来たり。
するとそもそもモノクロームだった映像にだんだん色味が増して来て、
取るに足らないと思っていた日々の世界に光とあたたかみが増して来たような気にさせたり。
なのにEGはと言えば「窮屈なんだよ、俺は」とばかりにどんどん服を脱ぎ出して終いには水をドバッと頭からかけ、
完全にグランジ時代の衝動アーティストのようになったり。
そして最後の最後に彼を待っていたのはテレキャスターと、
人によっては泣いているようにも笑っているようにも見えるいつもの空だったーーーというものである。
これだけのネタ満載の仕掛けを、ずっとビルの非常階段を上り続けながらやるという、シンプルなのか凝っているのかわからない、でもそれがわからないのはきっとこれを観ている僕が高所恐怖症だからで、
正直観ていて危なっかしくてしょうがないみたいなPV、是非観て下さい。

長々と“約束”のPVについて書いて来たが、EGの世界はメロディといいリリックといい彼の内面といい、
すべてが「とっ散らかっていながら、その混沌が透明さ故にシンプルなメッセージを浮かべる」ものであり、まさにこの曲も、この曲のPVもそういうものになっているということを言いたかったのである。
前述した後ろ向きな一言から入るリリックも、やがて「そびえ立つ壁の前で引き返すことはやめにして伝説のエピソードがそこで待ってるんだろう さぁ行こうぜ」と凛とした声で言い放ち、
最後は「そうムキになって 意地を張って はじめの一歩を踏み出す」と、自分自身の過去と今を踏みしめて終わるという、
「2歩下がって、3歩上がる」彼の哲学のようなものが滲み出て来る、素晴らしいメッセージナンバーになっている。
ここまで書くとわかるだろう、EGは「換えの利かない歌を唄う、自分自身は駄目そうだけど、世界に確かな灯火をもたらすシンガー」なのである。
あくまでも、彼自身は相当駄目そうなんだけど…………。

何でこんなノンタイミングな時期に原稿を書いて、こうやってUPしているのかと言えば、それは僕が原稿を書くのが遅れたからでもあるが、それよりもEGがどんどん曲を作っては送って来るからである。
彼はまだシーンと一緒に寝っ転がったり、そっぽ向き合ったりしていない、
つまり売れるために曲を書いた事がないアーティストだと思う。
だからEGの曲はいつだって素直で無垢な彼の迷いと覚悟が喉から生身で吐き出されるものなのだが、
彼のメロディと声が自由過ぎるほど自由なので、聴いていると大きな開放感を得られる。
これはEGという音楽家の持っている最高の武器である。
最近もらったデモ集でも“タバスコ”という曲は「タバスコに似た辛さを今 ボクは求めている」で終わるし、
“本能を信じろ”では「遺伝子の中に刻まれた 確かな本能を信じろ」で終わるし、
冷静に考えるとこの男は何を唄っているんだと突っ込みの一つでも入れたくなるのだが、
しかしこの2曲とも音楽として自由の羽がバタバタバタバタはためいているので、爽快な気持ちさえ生まれて来る。
EGもまた、音楽にしないと言いたい事すらまともに言えない、自分自身が一番音楽を必要としている一生活者なのだろう。

今回はまあこんなところで。じゃ、また。

 

EG はイージーではない、その傾向と対策:歌声編
Text by 鹿野 淳(MUSICA)

歌声というのは、最も好き嫌いのはっきりしている楽器だ。
そりゃ鉄工所のような音をさせているフィードバックノイズギターなどは
好き嫌いが分かれるが、一般的な音としてギターやピアノやリズム楽器の音を
聴いて、極端な嫌悪感を覚える人はあまりいない。
ただ歌声に関して言えば、叫んだり唸ったりする特殊唱法でなくとも、
その歌声の質感や表情だけで好きと嫌いがはっきり分かれ、
それがそのアーティストやバンドのマーケットにまで大きく関わって来る。

何故、歌声は受け手であるリスナーに好きとか嫌いとかいう主観性を
感じさせて来るのだろうか?
大体の人はもうわかっている。理由は「人間」だからだ。
ギターやピアノ、ドラムやバイオリン、ベースなどからも
人の表情を計る事が出来るが、それが喉からまるっと飛び出て
僕らの心や頭に直結されていくのが歌声で、だからこそ歌声と僕らの関係には
ファーストインプレッション、つまり第一印象が色濃く刻まれる。
さらに言えば、歌声はその人そのものだ。言っておくが歌が雄弁なのは、
歌詞がもたらすものだけではない。
歌声が雄弁だから歌詞に意識と表情が芽生えるのだ。

僕がEGを初めて聴いたのは、2年ちょい前。
聴いた瞬間に感じたのは、昔ながらのホームドラマに出て来る
家族の中の次男坊、つまり「平和な家庭の中のアウトロー」的なイメージだった。
もっと突っ込んで書けば、ピースフルなのに残酷なまでの生々しさを
歌声から感じたのである。のどかなタイム感の中で
穏やかな音に乗って歌われるその唄は、一聴するととても優しいのだが、しかし聴いているうちにドクドクと血が脈打っているのを強く感じるようになる。
きっとその血は、今まで話したり書いたりしていく中で伝えられなかった事を、
何故か唄では伝えられる事に気付いたEGの切実な「歌うこと」への欲望と渇望が
響かせているのだろう。
ちなみに彼の音楽は弾き語り性が強いものだが、
アコギを持たずにエレキギターで自分の音楽を表わして行く。
そのエッジ感と拘りも彼のアウトロー感、
もしくは天の邪鬼さを自然体で表わしている。

小田和正というアーティストは日本を代表するシンガーである。
彼があの声で歌を唄うと、そこには緊張感と普遍性が広がり、
多くの者は小田和正の唄の振動とメッセージに対して喜びでも哀しみでもない、
まるでオーロラの出現やロバの出産を観た時のような
圧倒的なものに対する衝動の涙を流す。その涙は、当たり前に生きている、
その事自体が死と隣り合わせな残酷なものであったり、
誰かを愛したり信用する事が傷つく事の始まりだったりする事を、
あの小田和正の歌声から一瞬にして感じ取ってしまうからだと思う。
EGの声にはそういう、平穏と衝動と崖っぷちと至福が一体化した
動物的なダイナミズムが溢れている。そして小田同様に、
圧倒的に「生きている歌」は、だからこそとても洗練されている。
別にEGの中にファンクネスが脈々と沸き上がっているわけではないが、
今の彼の音楽と歌を聴いていると、
デビュー時のスガシカオを彷彿とさせる瞬間がある。
そしてまったく違うベクトルにある、これまたデビュー時のスピッツを
この『GO』というアルバムから彷彿とさせる瞬間もある。
多分、キレと和み、野性と洗練が同居した中から生まれるポップが
その音楽の背骨を形成しているからだろう。

これ、初めての全国流通盤のライナーなんですよね。おめでとう。
歌声だけじゃなく、もっと音楽性や曲について書けって話かもしれないですね。
でもね、EGってなんか、こういうもんです。
まずはこのアルバムから歌声を喰ってみてください。音楽が広がります。

 

「GO」のセルフ・ヒトコト・ライナーノーツ
Text by EG

1. クライベイベー
諦めがちな時、答えはあるけど言い出せない時、一言で景色はガラッと変わる。
それは決して怖いことじゃないよ。ってことを歌にしたかった。
アナログフィッシュの2人、健太郎さんと州一郎さんもすんごく歌に寄り添ってレコーディングしてくれました。

2. 約束
場所は違えど、誰もが通る岐路で、誰もが立ち止まる。そこから歩きだすか、
引き返すかで葛藤する歌です。20歳半ば、同世代のやるせない気持ち。
初めて自分の怒りを歌にできたかも。

3. 汽車
田園風景を進む汽車をイメージしてたんですが、作ったのは仙台に帰る高速バスの中。
上玉した時の見送ってくれたみんなの姿を思い出すと、諦めないよ。
頑張る、って想いを軽快なリズムに乗せました。

4. 後ろ姿
昔の恋人に似てる人を見かけて、次から次へと想い出がフラッシュバックしたことを
書いてみたら、すごく未練タラタラなってしまいました。が、完璧な人はいない、
と思うので共感してくれると思います。

5. 青
3.11の震災が起きて何を書いたってぐちゃぐちゃの紙きれで、
津波とか原発パニックで全然歌う気になれなかった。
でも俺は、身近な友達に励まされてきたし俺も励ましたかった。
今はそれでいんだ。これがいんだって思いながら作った歌です。

6. ウララカ
上玉して三年目ですが、春のせいか、その頃の気分になって、匂いとか空気とか不安感も。
記憶が学校から友達と一緒に帰ってるとこまで戻っちゃって。
今も電話したりするけど最後は『まぁ、俺らなりにがんばっぺ。』で電話を切る。
そんな日常の気持ちを歌にしました。